霧の夜は、出てはならん。 ——本文より
あらすじ
スマホのライトと、電話越しの父の声。
スマホのライトと、電話越しの父の声。
それが、この霧の村で生き残るためのすべてだった―
友達との旅行で、深い谷底に位置する寂れた温泉街「夜啼村(よなきむら)」を訪れた茜。
和やかな時間は、突如として立ち込めた濃霧によって唐突に引き裂かれた。
霧の夜に出歩く者を攫い、目と口を赤い糸で縫い付けるという伝承の怪異『影縫い様』。
声もなく仲間が消え、逃げ場のない村で完全に孤立してしまった茜は、唯一電波の繋がったスマートフォンで、東京にいる父に助けを求める。
かつて測量の仕事でこの村の図面を引いたことがあるという父は、茜のカメラ映像と環境音だけを頼りに、安全なルートへの誘導を試みる。
視界は数メートル。どこから迫るか分からない異常な怪異。
電話越しの的確な指示を命綱に、決死の逃避行が始まる。
果たして茜は、この底なしの夜から生還できるのか―。
登場人物
白の中と、白の外
遠山 茜
中学二年生
友達との旅行先で、霧の夜に一人になる。手元にあるのは三メートルで途切れる光と、電波一本のスマホだけ。怖がりながら、そのつど一番ましな道を選びつづける。
遠山 慎一
茜の父
かつて仕事でその村を隅々まで測量した男。曲がり角の数も坂の勾配も図面のまま覚えている。行けない場所にいる娘へ、声だけで次の一歩を指し示す。
結衣
茜の同級生
春から茜と旅行を計画していた親友。広間の畳に地図を広げ、肝試しのルールを決めたのも彼女だった。考えるより先に口に出せる強さを、茜はうまく真似できない。
影縫い様
夜啼村の伝承
霧の濃い晩に出歩く者を連れていくという。目と口を赤い糸で縫うてしもうて、闇のほうへ繋いでしまう——茶屋の老人は、そう言い残した。